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 『鼠、江戸を疾る』:ねずみ小僧は本物の義賊だったのか。史実にガッカリ2014年1月9日放送開始のNHK木曜時代劇「鼠、江戸を疾る」
皆さんも一度は耳にしたことがある、江戸時代の義賊(強気をくじき弱気を助ける正義の泥棒)・ねずみ小僧の伝説を元にした赤川次郎氏の同名の小説シリーズが原作のドラマです。

放送に先駆けてねずみ小僧の史実を調べてみたのですが、実際の彼は伝説とは随分差があったようです。

今回は、ねずみ小僧伝説と、史実に残っている実際の彼についてまとめました。

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ねずみ小僧伝説

現在広く一般に知られているねずみ小僧の伝説は、主に歌舞伎や小説によって現在に伝えられたもので、ねずみ小僧が世間を騒がせていた江戸時代当時から人々の間で語れれていた噂話が元となっているようです。

また、一部の小説は複数回に渡ってドラマ化されていますので、それらが現代人への認知に大きく貢献したと思われます。

作品により設定に違いはありますが、大筋としては汚職大名や悪徳な豪商の屋敷から華麗に金品を盗み、貧しい人々に分け与えるお話です。

お話の中では、盗みに入られた大名や商人は、それがきっかけで大きな痛手を負ったり失墜してしまうことも多いです。

実際のねずみ小僧

ところが実際のねずみ小僧は、伝説とは程遠い、私利私欲にまみれた腕の良いだけの泥棒でした。

実際のねずみ男は、18世紀末、江戸・日本橋で育った次郎吉という鳶職の青年でした。

次郎吉は16歳で鳶人足として働き始めますが、やがて博打にハマり身持ちを崩してしまい、それが原因で25歳の時に父親から勘当されてしまいます。

その後も博打で借金を増やし続けどうしようも無くなってしまい、27歳の時に泥棒に転身します。

盗みは完全に自分の為に行っており、手に入れたお金のほとんどは借金の返済や博打、女遊び等に使ってしまいます。

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彼が狙うのは大名(武家)屋敷ばかりでした。
理由は正義の為などではなく、単に盗みに入るのが容易だからです。

警備が厳重な商家や町屋敷に比べて、大名屋敷は一旦塀の中に入ってしまえば警備は手薄、しかも夫人・側室の女性や子供が住まう奥御殿にも多額の現金を隠していることが常だったため、それを狙うことが多かったのです。

また、大名家は外聞を気にして被害届を出さない場合が多いことも知っていたようです。


 

泥棒を初めて3年目、少なくとも32件以上の犯行を犯した後一度捕縛(逮捕)されますが、初犯だと嘘を付き、刺青と追放(財産没収・江戸などの都市部に立入禁止)の刑で済みました。

追放により上方(近畿地方)に一旦移りますが、数ヶ月で江戸にこっそり舞い戻り、父親の長屋に潜みます。

ですが次郎吉はまたしても博打にハマり、その資金を集めるために泥棒も再開します。

そしてその後7年間に渡り、少なくとも90回以上の犯行に及んだ末、再度捕縛され、覚えている限りの全てを自白させられた後、市中引き回し・獄門の刑に処されその生涯に幕を閉じます。


 

盗んだ総額は、自白によれば3千両強。
これは、現在の価値に換算すれば8千万円弱に相当します。
また、実際の被害総額はこの数倍とも言われており、そんな大金のほぼ全てを博打や豪遊に使ってしまったそうです。

ねずみ小僧が生きていた時代、贅沢な生活を送る大名や商人は、慎ましく暮らしていた大多数の庶民から反感を買っており、図らずともねずみ小僧の犯行は、そういった庶民の溜飲を下げる役割を担っていたのでしょう。

まとめ

ヒーローとしてのねずみ小僧は、庶民の願望の中にのみ存在した架空の人物です。

ですが、考えてみれば9年間にも渡って、庶民の反感の的である大名ばかりが被害に会い続けていたのですから、やはり庶民からすればヒーローに見えたとしてもおかしな話ではありませんね。

それでは。

 


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